執筆者:弁護士 西口健太
(目次)
1.はじめに
2.新制度により何が変わったか
3.新制度利用のための要件
4.新制度利用のための手続き
5.まとめ
―――
1.はじめに
スタートアップにとって、ストックオプションは従業員や外部協力者へのインセンティブ付与のための重要なツールです。ただ、我が国においては、手続きや税制面でのストックオプション(会社法上の新株予約権。以下単に「ストックオプション」といいます)の使いづらさがかねて指摘されていました。
もっとも、ストックオプションに関しては、昨年、税制適格ストックオプションの要件に関連する1株当たりの株価の算定方法につき、一定のスタートアップ等に対し柔軟な算定を認める通達が出されたことや、令和6年度税制改正で税制適格ストックオプションの年間行使価額の限度額の引き上げ等がされるなど、使い勝手の向上のための施策が相次ぎ発表されてきました。
そして、先般、会社法の特例として、産業競争力強化法(以下、「産強法」といいます)において、日本版のストックオプション・プールが制度化され、ストックオプションの機動的な発行が可能になりました。本稿では、この新制度について、そのポイントを解説します。
なお、この新制度の全体像は経産省のホームページにてまとめられていますので、こちらもご参照ください。
2.新制度により何が変わったか
(1)原則
米国等の制度と比べて、我が国のストックオプションについては、会社法の制限のもとで、主として以下の点が柔軟性に欠けると指摘されていました。
① 権利行使価額(いくらでストックオプションを行使できるか)及び権利行使期間(いつからいつまでの間にストックオプションを行使できるか)を含むストックオプションの内容を株主総会の決議で決める必要がある(会社法第239条1項1号)。
② ストックオプションの発行数などの決定については取締役(取締役会設置会社については取締役会。以下単に「取締役会」といいます)に委任できるが、その委任は1年間に限って有効(同条3項)。
以上の会社法の原則により、権利行使価額及び権利行使期間を含むストックオプションの内容を株主総会で決議する必要があり、取締役会に委任できる期間も短いため、株主総会を開催せずに取締役会にて機動的にストックオプションを発行するというのは難しいのが実情でした。
(2)新制度
これに対し、新制度では、一定の要件を満たし、所定の手続きをとれば、ストックオプションの発行に関する手続きが以下のように変更されます(産強法第21条の19)。
① 権利行使価額及び権利行使期間の決定も含めて、取締役会に委任できる。
② 取締役会への委任は、会社設立後最大15年間有効。
これにより、ストックオプションに関して一定の事項のみ株主総会で定めておき、権利行使価額及び権利行使期間を含むその他の点の決定を取締役会に委任すれば、その後、会社設立後最大15年間という長期にわたり、取締役会にて機動的にストックオプションの発行ができることになります。
なお、会社設立後15年が経過すると、この制度を使えなくなる点には注意が必要かと思います。
3.新制度利用のための要件
新制度を用いることのできる主な要件は、大要、以下のとおりです(産強法第21条の19第1項、産強法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関する省令(以下、(「本省令」といいます)第1条)。
① 設立後15年未満であること。
② 新株予約権の発行条件や手続きについて総議決権の3分の2以上の株主と合意があること。
③ 残余財産分配を内容とする種類株式が登記されていること。
上記②については、「産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関するQ&A」(以下、「Q&A」といいます)(Q3-8、Q3-9)、さらに確認申請書の記載例も併せて読むと、例えば新株予約権の発行について投資家の事前承諾を要するという条項が株主間契約に入っており、同契約の契約当事者の議決権の合計が総議決権の3分の2以上であれば、要件を満たすように思われます。株主間契約を締結する場合、全株主ではなく一部の主要な株主のみを契約当事者として締結することも多いですが、新制度の利用を考えている場合は上記②の要件を満たすように意識することが重要になりそうです。
上記③については、ベンチャーキャピタル等からの出資を受け優先株式(種類株式)を発行しているスタートアップであれば、この要件を満たしていることが一般的と思われます。他方、優先株式を発行していない場合はこの要件を満たせません。もっとも、総議決権の3分の2以上の株主との間で上場努力義務などに関する合意がなされていることなど、他のいくつかの要件でも代替できることとされています。
その他、ストックオプションの付与対象は当該会社またはその子会社の役員、使用人、当該会社に対して役務を提供する者とされているほか、取締役会への委任の際は取締役が株主総会においてその旨を説明することとされています。
4.新制度利用のための手続き
留意が必要なのは、新制度の利用のためには、経済産業大臣及び法務大臣の確認を受ける必要がある点です。その具体的なフローは以下のとおりとされています(本省令第2条、Q&AのQ1-5、前掲経産省ホームページ)。
① 経産省に事前相談を行う。
② 事前相談にて要件該当性が認められれば、正式に確認申請書を提出して申請を行い、経済産業省及び法務省における審査を通過すれば、経済産業大臣及び法務大臣の確認書が交付される。
上記①の所要期間は少なくとも1か月、上記②の標準処理期間は原則として1か月とされており、事前相談から確認書が交付されるまで合計2か月以上は見込む必要があります。そのため、新制度を利用する際にはスケジュールに余裕を持たなければなりません。
また、新制度を利用して株主総会から取締役会に委任を行った場合、株主となろうとする者及び新株予約権者となろうとする者に対して、その旨を通知する必要があります(産強法第21条の19第2項、本省令第3条)。
5.まとめ
以上より、産強法により、一定の要件を満たす会社(主としてベンチャーキャピタル等の投資家から出資を受けているスタートアップが想定されています)などでは、経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けるなどの所定の手続きをとることで、取締役会にて機動的にストックオプションを発行することができるようになりました。
経済産業大臣及び法務大臣の確認を受ける手続きに相応の時間がかかるなどの留意点はありますが、従業員向けのインセンティブ等としてストックオプションを繰り返し発行する可能性のあるスタートアップであれば、この新制度の活用を検討する価値があると思われます。
以上