スタートアップのための取締役会運営の基礎知識

February 21, 2019

執筆者:弁護士 伴城 宏

(目次)

1 はじめに

2 取締役会を設置するメリット・デメリット

3 取締役会の決議事項

4 スタートアップのための取締役会運営方法

5 取締役会運営の注意点

 

 

 

1 はじめに

 会社法では、会社の機関設計として様々なメニューが用意されていますが、アーリーステージのスタートアップでは、

  取締役のみ(または+監査役、会計参与)

  取締役会+監査役(または会計参与)

のいずれかの機関設計が取られることが大半です。

  シードラウンドで資金を調達した際には、投資家を保護するために、取締役会、監査役を設置することが多いです。

  以下では、取締役会を設置した場合の取締役会の役割、運営方法と注意点についてご説明します。

 

2 取締役会を設置するメリット・デメリット

 取締役会は、株主総会にかわって会社の業務執行に関する意思決定を行うとともに、取締役の職務執行を監督するための機関です。

会社法では、取締役会を設置した場合には、タイムリーな意思決定を行うため、株主総会の権限が大幅に縮小されています。

取締役会を設置した場合、取締役のみの会社と比べて、どのようなメリット、デメリットがあるでしょうか。

  取締役会を設置した場合、取締役会という合議体(会議)で重要な事項を決定するため、経営者に対する監視、ガバナンスが強化され、対外的な信用も高まります。特にVCなど社外の人材が取締役となる場合は、対外的信用は高まりますが、当然のことながら、より客観性、透明性のある経営が求められます。

  他方で、取締役会を設置すると、会社の重要な事項は、取締役会という会議で決定しないといけないこと、会議のたびに議事録を残しておく必要がある等、取締役のみの会社(特に取締役1名の会社)と比べると、機動性に劣り、また、手間も増えます(なお、取締役のみの会社の場合にも議事録等を残しておいた方がよいことは言うまでもありません)。また、取締役会を設置するためには、最低3名以上の取締役及び監査役(または会計参与)を選任する必要があり、スタートアップ企業の場合、人材確保に苦労することが多いほか、報酬の負担等の問題もあります。

  スタートアップ企業の場合、資金調達額、適切な人材の有無、機動的な意思決定の必要性等、それぞれの実情に応じて、取締役会を設置するかを決定することになるでしょう。

 

3 取締役会の決議事項

⑴ 会社法上、取締役会を設置した場合には、必ず、取締役会で決定しないといけない事項(「決議事項」といいます)があります。決議事項には以下のようなものがあります。

 

 ⑵ 決議事項以外について

   以上はあくまで例示に過ぎませんので、取締役会はこれら以外の事項でも「重要な業務執行の決定」であれば取締役会で決議することができます。何が重要な業務執行  の決定にあたるかは、各社の実情によって決めることになります。

 

4 スタートアップのための取締役会運営方法

⑴ 開催の頻度

   取締役会を設置した場合、会社法では、3ヶ月(四半期)に1回以上の割合で開催しなければならないとされています。取締役会による経営者の監督機能を全うさせるために定められたものです。

   いわゆるオーナー企業の中小企業の場合、取締役会が設置されていても、取締役会自体がほとんど開催されないことも多いですが、外部から資金調達をしたスタートアップでは、外部からの資金を調達した以上、企業としてのガバナンスを強化する必要があり、少なくとも会社法で定める四半期に1度以上開催するようにして下さい。

   VCが取締役を指名するなど外部の人材を取締役にした場合には、4半期に1度以上の割合で、予め定例日を設定して開催するのがよいでしょう。

 

⑵ 議題及び招集手続

  ア 招集権者

    取締役会の招集は、原則として各取締役が招集できますが、定款または取締役会で招集権者を定めた場合には、その取締役が招集します。

    標準的な定款では、「代表取締役が招集する」と定めていることが多いです。

  イ 招集手続

    取締役会の日の1週間(定款でこれを下回る期間を定めた場合にはその期間)前までに、各取締役と監査役に対して招集通知を発送する必要があります。ほとんどの定款で期間は短縮されており、3日前までとする定款が多いようです。

    招集通知は口頭、書面、メール等、方式は問わず、また、予め議題を示す必要はありません。また、①全員の同意がある場合、②予め全員の同意で定めた定例日に開催する場合には、招集手続を省略することもできます。

ただし、上記した決議事項に該当するような重要な議題については、招集通知に議題として記載しておいた方がよいことは言うまでもありません。

 

⑶ ウェブ会議、電話会議、チャット、書面決議

   取締役会は、会議体で実施することが必要とされていますが、全員が同じ場所で会って話をする必要はありません。会議体として、対面と同程度の即時性と双方向性があれば、場所は問わないとされており、ウェブ会議、電話会議システム、チャット等の方法であっても、取締役会は開催できるとされています。

   VCの指定した取締役を選任している場合には、対面での会議が難しいことも多いため、ウェブ会議を積極的に活用するとよいでしょう。

   また、取締役全員が同意の意思を示すことで、取締役会を開催せずに取締役会決議があったこととみなす、「書面決議」の制度があります。書面決議を行うには、定款に定めを置く必要があります。昨今は、ウェブ会議が普及しており、書面決議を利用する場面は少ないですが、全員の日程を合わせることが困難な場合には、便利な制度であり、定款に定めておいた方がよいでしょう。

 

⑷ 決議の方法

   取締役会の決議は、取締役の「過半数」が出席し、出席取締役の「過半数」の賛成が必要です。取締役が6名の場合、取締役会には4名以上(3名では不可)の出席が必要であり、4名が出席した場合は、3名以上の賛成(2名では不可)が必要です。たまに出席取締役の「半数」で足りると勘違いしているケースがあるので注意して下さい。なお、定款により人数要件の加重は可能ですが、緩和はできません。

また、取締役と特別利害関係のある議題については、当該取締役は議決権を行使できませんので注意が必要です。

例えば、取締役が3名の場合、当該取締役を除くと議決権を行使できる取締役は2名であり、その過半数である2名の賛成が必要となるため、1人でも反対があると決議できません

スタートアップ企業の場合、取締役と会社との間の取引(特許権の譲渡やライセンス契約等)、取締役の競業取引等も珍しくないため、注意が必要です。特別利害関係人が議決権を行使しなかったことは議事録に記載しておく必要があります。

 

 

⑸ 議事録の作成、保管

取締役会を開催した場合には、取締役会議事録を作成し、保管しておく必要があります。議事録には、出席した取締役及び監査役が署名または記名押印する必要があります。この議事録への署名については、電子署名で構いません。新型コロナ感染症の感染拡大を受けて、2020年5月、法務省は、電子署名法上の特定認証業務によるものだけでなく、「クラウドサービス型電子署名」を利用したものでも構わないとの通達を出しました。「Docusign」「クラウドサイン」などのサービスがあるので利用を検討されてはいかがでしょうか。

  (ただし、登記に必要な議事録については、引き続き記名押印が必要です)

 

 

5 取締役会運営の注意点

 すでに見てきたとおり、取締役会に関する会社法の定めは厳格であり、特に、取締役会の決議事項については、取締役会決議を怠ってしまうと、IPOやM&A時に予期せぬ苦労をすることがあります。

  日本の多くの中小オーナー会社であれば、会社法の定めにもかかわらず、取締役会をほとんど開催しない会社、議事録等が揃っていない会社も数多くあるのが実情です。スタートアップ企業の場合、会社運営まで配慮が行き届かないことも多いです。

しかし、スタートアップの場合、特に、外部からの投資を受けた場合には、ガバナンスには留意する必要があります。取締役会を設置したのであれば、適式な手続に則って取締役会を開催し、法定決議事項について審議、決議し、議事録を残しておくことが望まれます。

アーリーステージの場合には、これらの手続のチェックを受けることは少ないのですが、IPO審査、M&Aのデューデリジェンス時には、取締役会議事録等のチェックを受けます。そのときに慌てて押印を取り付けたり、また、取締役会決議そのものを失念していたことが判明したりすることもあります。

近年は、ウエブ会議、クラウドサービス型電子署名などのサービスが充実しており、こういったITを活用して、定期的な取締役会開催、議事録を作成・保存しておくことが望ましいです。また、企業規模が大きくなった場合には、取締役会の運営方法について専門家のアドバイスを受けるとよいでしょう。

 

 以上