執筆者:弁護士 西口健太
(目次)
1.J-KISSとは
2.J-KISSのメリット・デメリット
3.J-KISS契約書の構造
―――
1.J-KISSとは
J-KISSとは、Coral Capitalが契約書等のテンプレートを公開している、主にシードステージのスタートアップ向けの資金調達のフォーマットです。簡易・迅速な資金調達を可能にするスキームとして、近年注目を集めています。
J-KISSは、法的な形式としては新株予約権であり、J-KISSで投資した時点では株式ではありません。スタートアップが一定の要件を満たす株式での資金調達を行ったときに、その株式と(基本的に)同じ内容の株式にいわば「転換」されます。
本記事では、スタートアップの重要な資金調達スキームの一つになりつつあるJ-KISSについて、そのメリット・デメリットなどの概要をご説明します。
2.J-KISSのメリット・デメリット
(1)J-KISSのメリット
①契約交渉がシンプル
J-KISSの最大のメリットは、優先株式に比べると、契約交渉がシンプルで、投資実行までの速度が格段に速いという点にあります。
優先株式では、優先株式の内容や投資家を保護するための条項など、様々な交渉事項があります。これに対し、J-KISSでは、次の大きな資金調達時に、そこで発行されるのと基本的に同じ内容の株式に「転換」されるため、J-KISSでの投資の時点ではそれらの細かい内容を交渉する必要がありません。つまり、細かな交渉を次の大きな資金調達まで先送りできるのです。
また、J-KISSはテンプレートが公開されていますので、そのテンプレートの内容をベースに交渉ができます。これも、契約交渉がシンプルな理由の一つです。
②費用が安い
さらに、契約交渉がシンプルなことに伴い、優先株式に比べ、弁護士などによるリーガルチェックに要する労力が少なく、結果として、弁護士費用などのリーガルコストが安く済むという点もメリットです。
③次の資金調達までの株主管理コストが抑えられる
株式で投資を受けると、投資家を株主として扱う必要があり、株主総会の招集通知を送って議決権を行使してもらうなどの株主管理コストがかかってきます。
これに対し、J-KISSでは、J-KISSでの投資時点では投資家は株主ではない(新株予約権者にすぎない)ため、株主として取り扱う必要がなく、当面の株主管理コストが抑えられるということもあります。
(2)J-KISSのデメリット
①次の資金調達ラウンドでの計算等が複雑になることがある
J-KISSを発行していると、次の大きな資金調達時に株式に「転換」されます。そのため、J-KISSを発行していない場合と比べると、次の資金調達時の事務作業などは多くなります。
また、複数の、内容の異なるJ-KISSを発行していると、それぞれのJ-KISSが何株の株式に転換されるかという計算が複雑になることもあるので、留意が必要です。
②投資家によっては不慣れな場合がある
J-KISSは最初のバージョンが2016年4月に公開されて以降、普及が進み、近年ではシードステージでの資金調達のスキームとして一般的なものとなってきています。
もっとも、依然として、一部の投資家、例えば事業会社のCVCなどでは、J-KISSでの投資実績が乏しい、あるいは投資実績がないことがあります。このような投資家からJ-KISSで投資を受ける際には、社内決裁をスムーズに通してもらうためにJ-KISSの仕組みなどについてその投資家に理解してもらう必要が出てくる場合があり、かえって時間がかかるということもありえます。
3.J-KISS契約書の構造
(1)全体像
公開されているJ-KISSの契約書のテンプレートですが、その構造は、前半が投資契約書、後半が新株予約権の発行要項となっています。
(2)投資契約書
投資契約書は、スタートアップと投資家との1対1の契約内容を記載したものです。
そのため、内容についてはその投資家と個別に交渉して変更することができます。
(3)発行要項
これに対し、発行要項は、そのシリーズのJKISS(新株予約権)全体の内容を記載したものということになります。つまり、この発行要項については、そのシリーズのJ-KISSを通じて投資を行う投資家全員との間で同じ内容にする必要がある(投資家ごとに内容を変えることはできない)という点にご注意ください。
また、こちらの発行要項は、会社法において定めることが義務付けられた新株予約権の事項に沿って記載がされています。そのため、初めて見ると理解が難しいことが多いと思います。そして、不用意に発行要項の内容を変えると、新株予約権の内容を登記するときに登記ができない、という事態が生じる可能性があります。したがって、発行要項の内容を変更する場合は、専門家の助言も得ながら慎重に行うことをお勧めします。
以上がJ-KISSの概要でした。
次回は、より具体的に、J-KISSの投資契約・発行要項における契約上のポイントや注意点についてご説明したいと思っています。
以上